「子供が4月に入社したよ。色々と思うところがあるよ。」とH社長。長女が勤めていた金融機関を辞めて、自分の会社に入社したとのこと。才気煥発、元気発剌で長女の加入で会社の雰囲気が明るくなりました。
1.家族は変わる
H社長の長女は大学を卒業して、銀行に就職します。コロナ禍に翻弄された新入社員生活でしたが、営業職として5年間頑張りました。心機一転、父親の会社で頑張ることになりました。
今年はH社長の長男が就職活動中とのこと。音楽とゲームが趣味の穏やかな長男は、I T系企業が第1希望の模様。子供たちに対するH社長のスタンスは、「会社を継がなくて良いから、自分の思うようにどうぞ」です。
H社長も長女が入社して心境に変化があった様子。もし、長男が会社に入社したい、となったらどうなるでしょう。今までのイメージですと、お姉さんが引っ張って、弟が後からついていく構図になりそうです。
ただ、家族模様は変わります。等しく歳をとるということだけではありません。子供の結婚、孫の誕生だけでなく、親世代の病気、介護、そして相続という局面です。家族が向き合わないといけない時が必ずきます。
親の言うことをよく聞く素直な子だったのに結婚したら実家に寄り付かない、ということもあります。逆に、孫を引き合いに何かと寄り付く孫一家など3世代が親密なこともあります。
オーナー企業の場合、親が元気なうちに兄弟姉妹の関係性やコミュニケーションを維持できる場を意図的に作って必要があります。既に兄弟姉妹の関係性が悪いようでしたら、親の世代で決着をつけておくべきです。
長年、相続の現場に携わっていると些細なことで兄弟姉妹がすれ違ってしまったケースに遭遇します。すれ違っても歩み寄れるコミュニーケーションの場があれば良いですが、往々にして対決姿勢になってしまうのです。
何事もないのが一番ですが、何事か起きても歩み寄れるファミリーの関係性の方が大事です。同族企業(ファミリービジネス)で最も大切なことだと思います。ただ、公私混同には気をつけないといけないですね。
同族企業(ファミリービジネス)の場合、ファミリーとビジネスが一体です。一体だからこそ、その境界を明確にする必要があります。もし、兄弟が同じ会社で働くなら尚更です。ビジネスは公、ファミリーは私ですので、公私混同しないのがルールです。
2.上手くいかなくなることも
家族も変わりますが、会社も変わります。娘が入社することになったH社長が会社を第三者に譲渡することはなさそうです。これで長男も入社するとなると、バリバリ長女とのんびり長男の構図が、とある会社のお家騒動と重なるのです。
親子、兄弟バトルになった上場会社A社の「お家騒動」がありました。創業者の父親と二代目の長女の経営権争いのように見えましたが、実際のところは、もう少し複雑です。経営の承継だけでなく、財産の承継も絡みます。
お家騒動のあった会社は、長女が先に生まれて、年子で長男が生まれています。一度は長男を後継者として決定したけれど、諸般の事情で長男が会社を去り、長女が取締役として復帰。その後、長女が社長となります。
一度は身をひいた創業者の父親が、長男の復活と共に影響力を強めていきます。そして、創業者の父親と長女とA社の経営方針などをめぐり対立。キーポイントとなったのが資産管理会社の持つA社株式の議決権を長女と長男のどちらが握るかでした。
資産管理会社の株主は、創業者の配偶者(母親)と子供5人です。最終的に、「母親と長男チーム」対「長女と他の子供3人チーム」の戦いになりました。勝負は、議決権数の単純合計ですから、後者の長女チームの勝利となります。その結果、A社の保有株数第2位の資産管理会社は長女のコントロール下に置かれます。
資産管理会社を抑えた長女は、創業者でA社の筆頭株主の父親と株主総会で対決して、勝利します。結果的に、子供たちに均等に資産管理会社の株式を持たせたことが、創業者サイドの敗因となりました。
さらに興味深いのは、その後です。創業者がA社株式を売却して、長男と共に新たな会社を設立することになります。創業者が自社株式を売却するチャンスは多くはありません。現金化して、自分のやり方を全うするのも素晴らしいと思います。
3.新たなルールづくり
しかし、なぜ資産管理会社の株主を子供達が均等に保有することにしたのでしょうか。様々な要因が考えられますが、一つには民法の法定相続の影響があります。子供は均等に相続する権利があるというものです。
会社経営の観点からは、経営権を考えると自社株式の保有者は集約しておきたい。しかし、民法の法定相続や遺留分制度、相続税の納税負担を考えると自社株式の分散もやむを得ないという正反対の力が働きます。
ただ、この相続の問題は日本の根源的な問題とも言えます。柳田國男は、長子相続と分割相続の戦いを300年以上続く日本の家族制度の中の戦いと位置付けています。
では、「経営権は集約しておきたいが、財産権は分散せざるを得ない」という課題に対応するためどうすれば良いでしょうか?
対応方法はあります。しかし、どういうやり方を選ぶかは簡単ではありません。何をどのように使うか、個別性が強いテーマだからです。色々と手段がある中で、信託が武器になることは間違いありません。
しかし、信託は道具に過ぎません。道具は使い手を選びます。使い手が道具を選ぶのではなく、融通無碍な信託という道具を使うということは、その使い手が道具を使いこなせるか試されるということです。
その意味では信託銀行の信託商品は素晴らしいと思います。繊細な芸術品としての素晴らしさではなく、磨き上げられた工業製品としての完成度があります。目的と手段が合致すればこれがベストだと断言できます。
家族の感情に寄り添った信託の仕組みを作るとなると繊細が求められます。会社経営をサポートするための信託は、オーダーメイドに作り上げていくしかありません。そこには、信頼関係が必須です。
財産を渡したけど、経営権は持っておくということは可能です。やり方も色々とあります。しかし、大切なことは、いざという時にコミュニケーションが取れるファミリーの関係性です。
内村鑑三は後世への最大遺物でお金、事業、思想と共に、「生き方」を取り上げました。個人的には「ファミリーが結束する生き方」を示すことが、同族企業(ファミリービジネス)が永続する秘訣ではないかと思うのです。
結論は、H社長の長男と長女はこのまま仲良しでいて欲しな、という在り来りな結論です。
<まとめ>
オーナー社長が後世にのこす最大の贈りものは、ファミリーの結束力である。