「パタゴニア(patagonia)(以下、パタゴニア社)」というアメリカに本社のあるアウトドア用品の製造販売会社があります。2022年9月15日付の日本経済新聞に「パタゴニア創業者、全株を環境NPOに寄付」との記事が掲載されました。
内容は、創業者一族が保有するパタゴニア社の全株式を「譲渡」や「新規株式公開(IPO)」するのではなく、「信託」と「環境NPO」に譲渡するというものです。従来の事業承継の方法にない、新しい仕組みとして説明されています。
日経新聞の記事だけでは詳細がわからないので、パタゴニア社のホームページを確認しました。創業者のイヴォン・シュイナード氏のコメントと共にQ&A形式で説明があり、非常に興味深い内容です。
環境保護活動で有名なパタゴニア社ですが、この目的を達成するために、自社株式の譲渡や株式公開ではなく、新たな方法を自分たちで作ったとコメントしています( 「Instead of going public, going purpose」:株式公開に進むのでなく、目的に進む)。
従来の事業承継の方法では優れた選択肢がなかったため、「信託(Patagonia Purpose Trust)」と「NPO(Holdfast Collective:政治活動を行う非営利団体)に寄付」を組み合わせる方法を、専門家と共に作り出したということです。
ポイントとなる点は、創業者ファミリーが保有する全株式のうち、議決権付株式100%と無議決権株式2%を「信託(Patagonia Purpose Trust)」に譲渡し、無議決権株式98%を非営利団体(Holdfast Collective)に譲渡する、ということです。
大雑把に説明すると、次のようになります。
パタゴニア社の株主総会では、取締役の選任や配当金額の決定などの意思決定について、議決権付株式の株主として「信託」が行う。議決権付株式に配当金があれば「信託」が受け取る。無議決権株式に配当金があれば、2%は「信託」が受取り、98%は「N P O」が受け取る。
パタゴニア社のホームページを見ても、「信託」や「N P O」の内容について、詳しくは言及されていません。この仕組みの根幹は「信託」にあります。イギリスで生まれ、アメリカで発展した信託は、今なお進化中です。
我が国では事業承継の手段として信託を提案できる人は限られています。このため、事業承継に信託という手段があるということを知らない経営者は少なくありません、というか殆どの経営者は知りません。
オーナー社長から、「信託とは何か?」とか「信託はどのように使えるのか?」という質問を受けた時、私は決まって次のように答えます。「オーナー社長の思いを実現するための仕組みです。場合によっては、最高の仕組みになります」と。
パタゴニア社の創業者は、自分の思いを実現するために「信託」という手段が必要でした。つまり、「信託」という武器を使いこなせるかどうか、ということが事業承継において極めて重要な意味を持っていたのです。
ちなみに、信託について、もう少し詳しく書くと次のようになります。
信託とは、自分(委託者)の大切な財産を、自分の信頼できる人(受託者)に託し、自分が決めた目的に沿って、自分や自分の愛する人、大切な人(受益者)のために、運用・管理してもらう制度である。
事業承継に限らず、資産運用、資産管理、資産承継など、いろいろな局面で使えるのが信託という仕組みの特徴です。ただし、信託に関する税務や法務について知識と経験が必要となりますので、相談する人を選ぶ必要があります。
次回、パタゴニア社の事業承継の仕組みついて、もう少し掘り下げてご紹介させて頂きます。