意図せず託されたもの

「急遽リリーフで登板してから10年過ぎました。先の読めない時代ですが、もう10年は頑張りますよ。」と、A社長は宣言。まだ、50代ですから当然なのですが、いつにもまして力強い一言です。

先代の社長は創業家ファミリーの一人でしたが、若くして急逝されました。突然のことでもあり、後任の社長について創業家ファミリーの中でまとまらず、結果的に社内の人材を登用する事態となりました。

A社長は当時、創業家とは無関係の営業部長だったのですが、急遽ピンチヒッターとして社長に就任。もともと社長候補でもなければ、社長になる気もなかったわけですから、まさに青天の霹靂です。

A社長の実績は、決して華々しくはありません。ただ、業界全体が縮小する中で売上を維持し、利益を確保し続けています。同業者の廃業が相次ぐ中、相対的に業界シェアは微増していますし、コロナ禍を機に始めた事業も利益を出すレベルに育ちました。

右腕と頼んだ社員が突然退職することをきっかけに、社内に不協和音が目立ち始めした。さらに、取引先とのトラブルや苦情の連鎖もあって、精神的に追い詰められたそうです。そのような状況下、A社長は目立たず黙々と働く一人の社員に目が留まります。

今更ながら、「自分には仲間がいる。」と感じて、踏みとどまる勇気を得ます。派手さはありませんが、得意の営業に加え、銀行対応、人材採用など、慣れないことを一つずつ、つぶしていきます。

昨今のコロナ禍では、もう駄目だ、と思って金融機関に融資のお願いに行ったそうですが、「慌てなくても、1年位売上げなくても大丈夫ですよ。」と言われて、ビックリ。言われるまで気が付かないのもどうかと思いますが、腰を落ち着けて戦略練り直しとなりました。

結果としてみれば、新規事業の芽をまきながら、黒字を確保。経営者としての自信もみなぎり、冒頭の言葉となりました。株式を所有する創業家ファミリーから経営を託され、見事に信頼にこたえた形です。

今の会社は自分が作り上げた、という自負もありますが、「自分は中継ぎ」とA社長は断言します。「成り行きで社長になったけど、一時的にあずかったものだからね。次の人に任せる準備を、これから10年間でやる予定ですよ。」と言い切ります。

A社長は次の経営者に自らの責務を受け渡すことまでが自分の仕事だから、と既に創業家ファミリーと話し合いを始めています。自分の経営方針を語った後、後継者をどう育てるか、創業家の中に分散している株式をどうまとめるか、意見交換をしています。

今後、創業家ファミリーとの関係をどう作っていくか、A社長には腹案があります。ファミリーでないという立場を活かして、意見交換という形でコミュニケーションをとりながら、方向性を探っています。

A社長の計画では、創業家ファミリーに分散した自社株式を買い取ることではなく、種類株式など、株主総会を必要とするものではありません。分散してしまった自社株式をまとめて管理しておき、これから株主に相続が発生しても、分散しないようにするというものです。

A社長の就任時のドタバタ劇を繰り返さないためには、第三者の自分が綺麗に整理しておくのが肝要と考えたためです。この計画では、信託の活用を想定しています。一気に解決を図るのではなく、3段階に分けて、統合していく予定です。

一度対立してしまった関係を、当事者同士で元に戻すことは困難です。親族外の第三者という立場と、信託という仕組みを活用して、10年先の絵を描きながら、着実に計画を前にすすめています。

信託という仕組みは万能薬ではありません。ある種の局面では、特効薬になることがあります。A社長の計画と信託の相性がよく、第1段階の目途は立ちました。第2段階に段階から、A社長と創業家と共同で本格的な運営が開始されます。

もし、オーナー経営者が生涯現役を目指すなら、信託という仕組みは検討する価値があります。なぜなら、万が一の事態に備えることができて、未来に向かって手を打てるからです。

ただし、信託という仕組みがベストでないことや、信託の制度設計には注意点がありますので、専門家への相談の活用をお勧めします。