「新しく社長になりましたので、よろしくお願いします」と、3代目のK社長が、ご挨拶に来られました。祖父の代から続く3代目。製造部品の加工業として長い業歴を誇る地元の名門企業です。
先代で実父のS会長は技術畑で作業用の上着をいつも着用しています。席にいないと思えば機械に向かっているタイプですので、会社にお伺いしますと我々の相手をしてくれるのは、総務や経理関係を手伝うS会長の奥様となります。
奥様と雑談していたときです。「娘のところの孫に教育資金の贈与をしたいと思うけど、一人だけ贈与するのは、何となく他の子に悪いと思ってね」と、ポツリとこぼされました。続けて「長男も次男は、何も言わないし。」と、ちょっと決めかねている様子。
そこに、S会長が戻ってきたので、会社関係の話を一頻りした後、それとなく孫の話に水を向けてみます。すると、「ん、まあ、色々と考えているけどね。」と素っ気ないひとこと。意図することは分かりませんでしたが、胸中何か考えておられることは分かりました。
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後日、奥様とお会いした時に、長女の子が私立学校に入学することになったのでS会長から長女の孫に、教育贈与をしたとお聞きしましたので、ついでに質問してみました。「以前、お聞きした時にご長女様のところの孫にだけ贈与することを躊躇しておられましたが、お気持ちの整理はつきましたか?」と奥様に聞いてみたところ、まだスッキリとはしていない様子です。そこで、思うところをお伝えしました。
「S会長から長女のお孫さんに贈与されたということだけで見れば、バランスが悪いかもしれません。でも、S会長から奥様へ、奥様から次の世代へ、という財産の流れの中で、整理していけば良いと思いますよ。」
なんの変哲もない提案ではありますが、結構、大事なところです。同族会社などのファミリービジネスでは、家族や親族の関係性がビジネスに与える影響が大きいからです。S会長から会社を引き継いだ長男のK社長にかかる負担は大きいものですが、引き継いだ価値もその負担も、金銭の価値に変えられるものではありません。ただ、相続税という仕組みが、相続税法上の評価額とともに相続税額を決めてしまいます。
相続税評価額という数字で測れるものだけに、この数字だけで資産の承継や、事業の承継を決めてしまうのは危険です。大切なことは、財産を残す側の思いと、財産を引き継ぐ側の納得感です。
非常に難しいテーマですが、そのやり方、手段、手順、方法などは、当然にして一つではありません。だからこそ、相談を受ける者には、知識や経験だけでなく、相談者の想いを汲み取り、それをどう伝えるかについて、配慮することも必要になります。
オーナー社長が生涯をかけた証である「会社」と「家族」などが、将来的により良い方向に進むためにも、理念や家訓という指針を残すことの必要性は高まっていると感じます。そして、それらを受け継いだ者たちは、さらに変革していくことが求められています。
世代を超えていく仕組みを作ることは簡単ではありませんが、信託という制度は、そのための有力な道具であることは間違いありません。道具である以上は、その道具を使いこなすための技量が求められることは言うに及びません。
信託法の権威の言葉にも「信託の事例は無数にありうるわけで、それを制限するものがあるとすれば、それは、法律家や実務家の想像力の欠如にほかならない。」という有名な一節があります。
S会長からK社長へと続く経営の流れだけでなく、ファミリー全体のバランスを考えながら様々な資産の承継のお手伝いできることは、コンサルタント冥利に尽きます。ご縁のあったお客様との良い関係性こそが、コンサルタントの醍醐味なのだと思います。