対立する世界を乗り越える知恵

 

「給与は高く、人件費は低く」と一見すると矛盾するようですが、給与を高くして生産性を上げれば、結果として人件費は下がるという理屈です。企業の競争力は人件費率の低さが重要であって、給与の高低ではない、ということですね。

 
 
1.日本的経営を維持する
 
「重要視してきた経営指標は、営業利益率10%、売上に占める新規商品比率50%以上の2つ」とコメントするのは、アイリスオーヤマ(株)の大山会長です。さらに米国型の経営ではなく、日本型の経営が重要だ、と強調します。
 
大山会長は経営には「アメリカ型」と「日本型」の2つがあるとします。「アメリカ型」は資本家中心であり、投下資本の効率的な回収を目的とする。「日本型」は組織が中心であり、共同体を維持することが目的とするところに特徴があります。
 
相手の尊重、共助の精神、自然との共生という特徴のある日本的経営を維持することの重要性を指摘する一方で、組織を維持するために個人が犠牲になることがあるという問題をあげます。
 
アイリスグループでは株主、社員、経営者が三位一体となる企業文化をもっています。一定の水準に達した社員は従業員持株会を通じて株主となるとことができ、利益と共に株主資本の金額が増えると株主に還元されることになります。
 
また、決算賞与の仕組みを取り入れることにより、会社の業績と貢献を社員の収入に反映させる仕組みを有しています。外部の資本家を入れるのでなく、社員そのものを株主として経営との一体感を保つ工夫をしています。
 
社外役員の導入には否定的なスタンスです。同族会社の閉鎖性が問題であれば、社員に情報を公開することで解決していると強調します。会社が継続し、創業の理念が引き継がれることが大切であり、そのためには同族会社がよいという判断です。
 
 
2.二つの考え方
 
大山会長は「アメリカ型」と「日本型」の2つに経営を分類しましたが、言い方をかえれば「アングロサクソン型資本主義」と「ライン型資本主義」ともいえます。英米と欧州との思想、考え方の違いに目を向けると色々あります。
 
例えば、地政学です。戦争や紛争が生じると「地政学的リスク」という言葉がでてきますが、こちらも「英米系地政学」と「大陸系地政学」という全く立ち位置の異なる2つの世界観があります。
 
英米系地政学はネットワーク型戦略を重視し、大陸系地政学は圏域思想戦略を重視する、と書いても分かりづらいですよね。ただ、アメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドなど独立的な主体が分散してネットワークを作っているイメージは湧きます。
 
大陸系地政学はロシア、中国、ドイツといった大国が勢力圏を拡大していくという感覚も納得できそうです。ロシアがウクライナに侵攻し、中国と台湾の関係や日本のシーラインの確保などが浮かびます。
 
この地政学という考え方に重要な影響を与えたのが、実は日本なのですね。徳川幕府が大政奉還する時点で、幕府はフランスがバックアップし、新政府側にいたのはイギリスです。明治時代の外交政策はイギリスとの関係性が重要視されました。
 
明治時代の日英同盟こそが地政学の理論を生み出す母体となりました。日英同盟を軸に朝鮮、台湾に進出する日本の外交政策を説明する理論として、英米系地政学が生まれたのでした。
 
その後の日本は満洲国を設立して、圏域を拡大していく大陸系地政学的な戦略をとります。このときのパートナーはドイツになります。そして、敗戦とともに英米系地政学の戦略に転換します。
 
現時点の日本は、英、米、豪、NZなどとのネットワークによるシーパワーを形成して、中国というランドパワーに対抗しています。2つの戦略を行ったり来たり出来る日本という国は面白いですね。
 
 
3.承継の世界
 
財産を承継するというときも2つの世界観があります。一つは英米型であり、もう一つは欧州型(大陸型)です。ざっくり整理すると、英米型は財産の配分を基本的に親が遺言で決めます。これに対し、欧州型は子供の均等相続がベースになります。
 
日本の法律のできた流れを見てみると、欧州型の考え方がベースにあるのが分かります。しかし、明治時代の後半から英米型の法律が導入されていますし、敗戦によって更に英米型の考え方が入り込みました。
 
ここでも日本人の柔軟性は遺憾無く発揮されます。仕組み、道具、考え方を柔軟に取り込んでいく気質があるとしか思えません。よく言われることですが、鬼畜米英から時をおかずにギブミー、チョコレートに変身する柔軟性です。
 
事業承継を考えた場合、特定の後継者に経営権を集中させたいと思うのは当然です。しかし、財産は均等に相続させるとう考え方は、正面からぶつかり合ってしまいます。その調整をどう行うか、という課題は非常に大きなテーマです。
 
このような時に有効な手立ての一つが信託という仕組みです。この信託は英米型のしくみなります。日本の法律はもともと欧州型(大陸型)ですので、英米型の信託という仕組みは
「水の上に浮かぶ油」でした。
 
それが、近頃では「家族信託」というように、世間的にも受け入れられてきたように思います。変幻自在な信託という仕組みを使えば、柔軟な承継スキームが可能なのですが、本格活用はこれからというところです。
 
欧米の資産家には必須とも言える信託という仕組みが、日本でも活用されていくことは必然だと思います。100年後の世界を見据えて、孫まで続く資産活用を考えてみてはいかがでしょうか。