トヨタ自動車の社長交代が発表されました。会社規模が巨大とはいえ、日本型ファミリービジネスの代表です。豊田章男社長は53歳で社長に就任。後任の社長も53歳でした。
豊田明夫社長が後任となる社長の条件に言及しているコメントがありましたので、ファミリービジネスの経営モデルの観点から考えます。
1.後継者の4条件
豊田章男社長の示した後継者の条件は4つです。
・現場で必死に努力してきた人物
・クルマが大好き
・若さ
・チーム経営
この中の「チーム経営」に関する豊田章男社長のコメントです。
「一人で経営しようとせず、チームで経営して欲しい。彼だけではなく、多様な個性を持っ
多くの仲間を13年間育ててきた。未来を創るイノベーションは、多様な個性が同じ目的に向かった時に生まれると思う」
新しい経営陣に、「チーム型経営で未来を創るイノベーション」を生むことを求めています。筆者が新年に参加した早稲田大学の入山教授の講演会は、イノベーションがテーマでした。イノベーションについて、概略では次のように説明でした。
イノベーションとは、自らが変化して世の中に価値を提供すること。イノベーションの本質は、既存知の組み合わせである。イノベーションに必要なのは「知の探索」である。
遠い未来のことを想定しながら「知の探索」を行うことは、失敗も多く、無駄に見えてしまう。遠い未来を想定する時に大切なことは、正確性でなく、納得性である。
だからこそ、経営者はビジョンを示し、社員を納得させ、腹落ちさせる必要がある。優れた経営者は明確なビジョンを語り、腹落ちさせるストーリーテラーである。
多くの日本の企業では経営者が明確なビジョンを示さないまま、従業員は腹落ちせずに働いているのではないか、と疑問を投げかけていました。
先行き不透明だからこそ、経営者は腹落ちするビジョンを示し、社員が腹落ちして知の探索をおこない、イノベーションを起こす必要がある、という流れは、豊田明夫社長のコメントと重なるものがありました。
2.チーム型経営
もう一つのポイントは、チーム経営です。世の多くのファミリービジネス(トヨタ自動車もファミリービジネスですが)で求められるチーム経営とはどの様のものでしょうか。
チーム経営と対比されるのが、ワンマン経営。ワンマン経営の強みも弱みもオーナー社長の求心力にあります。上場会社の大戸屋さんでも、実質的な創業社長が急死された後は、求心力と方向感を失い、コロワイドに買収される結果となりました。
大戸屋さんの場合、実質的な創業者死亡後に、創業家の一族である経営陣と、後継者候補を中心とするオーナー家の対立の構造でした。後継者を取り込む形でのチーム型の経営が求められていたのかもしれません。
一般に、ファミリービジネスにおける「チーム型経営」とは、主には次の3つです。
・後継者と中心としたチームによる主体的な意思決定
・データに基づく経営
・業績管理制度
オーナー社長が感覚として分かっているものを、プロセスとして理解し、数字に置き換えていくという作業です。経営の結果が数字として見えてくると、経営承継の流れが見えてきますで、後継者育成のためにも必須です。
3.ファミリービジネスに残された課題
サラリーマン社長ですと、経営の承継だけで終わりです。しかし、同族企業(ファミリービジネス)のオーナー社長のやるべきことは、まだあります。資産の承継とファミリーの承継です。この2つは、密接に絡み合います。
税金対策を第一に考えがちですが、それだけですと方向性を誤ります。大切なことは、関係するファミリーが同じ方向を向くことです。ファミリービジネスでは、承継ではなく永続性に焦点をあてて計画を考えるべきとされています。
やはり、ファミリーが同じ方向を向くために必要なのは理念であり、ビジョンです。かつての日本で採用されていた家制度の中では、家訓が家としての理念を表し、家長の示した方向性がビジョンでした。
しかし、現在の法律などの社会の流れは、相続、平等です。ファミリーも一つの組織として考える必要があります。現代の事業承継では、ファミリー(家族だけでなく、会社経営に関係する親族などを含めて)にも、行くべき方向性を指し示すビジョンが必要です。
4.参考となる会社
以前にもコラムに書かせて頂きましたが、ビジネス、ファミリー、オーナーの絡み合う関係性を明確なビジョンと共に解決した事例の一つが、米国のアウトドアメーカーのPatagonia(パタゴニア)です。
明確なビジョンファミリーとオーナーシップが同じ方向を向くための仕組みづくり、などの必要条件を満たしています。チーム型経営の詳細はわかりませんが、売上でなく、収益を追求することを明言していることから、業績管理制度は構築されていると推測されます。
ただ、「やるべきことをやったら、サーフィンに行こう」という会社ですから、普通の会社のやり方とは違うかもしれません。
ちなみに、Patagonia社の資産の承継の仕組みとして、「信託」と「配当優先無議決権株式」を非営利法人に譲渡するとう画期的な手法(まさにイノベーション)が使われています。「信託」の運営を担うファミリーが、Patagonia社の株主として取締役を選任して、経営をコントロールしています。
昔の記事ですが、パタゴニアの創業者であるイヴォン・シュイナード氏が、引退について、雑誌のインタビューに答えていました。
「引退はしない。結局、引退しても今の生活と変わらないよ。引退するのは死んだときだけだ。しかし、パタゴニアに関するすべての決断は、100年後を考えて行っている。」
オーナーとしてのビジョンは考え続けた結果、「地球が唯一の株主(Earth is now our only shareholder.)」という理念の実現のための資産承継のイノベーションが生まれました。そして、それはビジネスにも強く反映されています。
同族企業(ファミリービジネス)には、経営者のビジョンと後継者のためのチームが必要だ、と改めて認識させられました。
オーナー社長のみなさま、経営者として社員を腹落させるビジョンを語り、自分がいなくても会社が回るチーム型経営の仕組みを構築していますか?